長谷寺の縁起

かつて「渋谷が原」と呼ばれたこの地には、古くから観音堂が建ち、奈良の長谷寺の観音さまと同木で造られたという、小さな観音さまが祀られ、人々に親しまれていました。

時流れて徳川家康公開府の後、この観音堂を基に補陀山長谷寺が開かれました。家康公の幼馴染みでもあった高僧、門庵宗関大和尚(もんなんそうかんだいおしょう)をご開山に2万余坪の寺領を賜ったと伝えられます。

正徳6年(1716年)2丈6尺の大観音を建立。古仏は尊像の体内にお納めし、江戸屈指の観音霊場・江戸観音霊場第22番札所として尊崇(そんすう)を集めました。

近年、戦火で消失した大観音の再建を願う人々の根強い信仰により、高さ3丈3尺、壮麗無比の御姿がよみがえりました。

幾多の災禍を越え、寺観再建が成った今、補陀山長谷寺は、道元禅師が開かれた曹洞宗の大本山、永平寺(福井県)の別院として、また宗門の専門僧堂(修行道場)として、そして、現代に生きる観音霊場として、人々の尊崇を集め続けています。

大本山永平寺別院長谷寺 (だいほんざんえいへいじべついん ちょうこくじ)

  • 本尊 釈迦牟尼佛
  • 観音堂奉安 麻布大観音
  • 創建年代 慶長3年(1598)
  • 開山 門庵宗関大和尚
  • 宗派 曹洞宗
  • 御詠歌 うららかや麻布の台の長谷寺 空吹く風も法を説く声

 

専門僧堂としての歴史

長谷寺は昭和43年に曹洞宗宗務庁より認可を受け、修行僧の教育機関として大本山永平寺別院長谷寺専門僧堂となりました。以来、春と秋には仏道を志す者が修行にやって来ます。現在は約30名の修行僧と、その指導役10名の計40名の僧侶が寝食を共にし日夜修行に励んでいます。

 

僧堂安居者募集

長谷寺は曹洞宗の専門僧堂(お坊さんになるための修行道場)です。
安居者を募集しています。
安居するためには曹洞宗の僧籍が必要です、出家得度後に掛搭志願書をご請求下さい。

○まじめな志を持った徒弟を募集します。
○本山に則った、法式・作法・その他の学課に基づき、安居の充実をめざします。
○常在12名の役寮による懇切な指導のもと、豊かな修行生活を志向します。
○生活・勉学に必要な衣資料が支給されます。
○高齢者の方、中途出家の方々にも親切丁寧に指導します。
○年に1度健康診断を実施しております。
○宗乗・余乗の他、梅花、書道、茶道等の本講もあります。
○首都東京にあるため、各種美術展、国宝展などの見学の機会に恵まれています。
○年に1度大本山永平寺への宿泊研修と、全国各地の名刹拝観研修があります。
○僧堂行事の他、葬儀、法事、観音堂祈祷などの法要を通じ、堂行、副堂、挙経法なども1年で習得できます。
○身体に障害のある方は掛搭志願書請求の際ご相談ください。

◎僧堂案内・掛搭志願書ご希望の方は受処までお申し込み下さい。

ご不明な点がありましたら受処までご連絡下さい。
TEL 03-(3400)-5232 まで

長谷寺の諸堂
法堂(はっとう)


法堂(はっとう)は一般寺院の本堂にあたり、壮麗(そうれい)な総檜(そうひのき)造りで須弥壇上(しゅみだんじょう)には、釈迦牟尼佛(しゃかむにぶつ)を中心に、文殊菩薩(もんじゅぼさつ)・普賢菩薩(ふげんぼさつ)が安置されています。法堂では毎朝のお勤めや、檀信徒の追善供養が行われます。
また、開山堂には道元禅師・瑩山禅師・門庵宗関大和尚の尊像が安置されています。

 

僧堂(そうどう)


僧堂は坐禅堂ともいわれ、中央に安置された文殊菩薩(僧形)を囲むように、修行僧一人に一畳の空間が与えられています。僧堂は坐禅はもちろん食事、睡眠をする修行の根本道場です。

 
僧堂内堂                  僧堂外堂

山門


奥に見える法堂ともに荘厳さを感じさせます。

観音堂

 
観音堂は麻布大観音像をお祀りする、間口六間二尺、奥行七間二尺の現代建築の粋を集めた重層入母屋(おもや)造りです。観音堂では毎朝の御祈祷を始め、毎月十八日には月例祭が行われます。

微通亭(びづうてい)・長谷寺庭園


微通亭は麻布稲荷が祀られる、お参りの方の休憩所です。また微通亭から望む長谷寺庭園は厳粛な境内の中に佇む、心の和むお庭です。

観音様参拝、墓参の折にお使い下さい。

 

鐘楼


昭和五十年に再建された鎌倉様式の鐘楼です。
鐘点役の修行僧が、一撞一礼(ひと撞き毎に礼拝)し、撞きます。

大庫院(だいくいん)


本堂右手にあり、寺務所・客殿・調理室を兼ね、平成元年に再建された建物です。

 

地蔵尊

地蔵尊

十世円海本説師の代に造立された青銅の地蔵尊です。
法衣の隅々にまで、多くの戒名が刻まれています。
人々の祈りを身にまとい、境内にたたずんでいます。