『作務(さむ)』

日々の行持

日々の行持~作務~

洒掃(しゃそう)が終わると、振鈴(しんれい)から息をつく暇もなく続いた朝の行持は一段落です。午前の行持が始まるまでの僅かな時間に、各自、身の回りの整理整頓や身支度を済ませ次の行持に備えます。時至り、再び作務を知らせる普請(ふしん)鼓(く)(山内衆に作務の時間を知らせる鳴らし物)が打ち鳴らされると、修行僧は法堂(本堂)の前に集合し、本日行われる作務の場所や役割分担が発表されます。先程の洒掃では僧堂を中心とした日々修行で道場となる各堂宇を清掃しましたが、この時間の作務では境内や墓地などの広範囲を全員で清掃します。雑草が生い茂る時期には草取りをしたり、落ち葉の季節には掃き掃除をしたりと、その時々に必要な作務を山内総出で行うのです。

作務とは清掃を始めとする、あらゆる労務のことを言い、禅の修行には欠かすことの出来ない大切な修行です。しかし、仏教誕生の地インドでは、生産労働(作務)をすることは禁じられていました。ところが、仏教が中国へ渡り、インドのような遊行生活から、一箇所に留まる定住生活へと変わると、畑仕事などの労務が修行として行われるようになったのです。特に作務を重んじられたのは、初めて禅院の集団生活の規律(『百丈清規』)を定められた唐代の禅僧、百丈(ひゃくじょう)懐(え)海(かい)禅師で、禅師はその師である馬(ば)祖(そ)道一(どういつ)禅師がそうであったように、自身もまた生涯、大衆と共に作務に励まれたといいます。

百丈禅師には次のような話があります。ある日、老齢の禅師をいたわって作務をさせないようにと修行僧たちが作務の道具を隠してしまいます。すると、その日、一日作務に参加出来なかった禅師は、「一日作(な)さざれば一日食(く)らわず」(一日不作、一日不食)と言って、その日一日食事を摂ることを拒んだのです。禅師の作務に対する強固な思いを知った修行僧たちは、とうとう道具を返したのでした。

こうして禅寺では作務が坐禅と同じく重要な修行と位置づけられ、現在も脈々と受け継がれています。

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